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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15486号 判決

主文

一  本訴被告株式会社コマスポーツ及び本訴被告キング・スイミング株式会社は、本訴原告キング株式会社に対し、各自金九〇七六万二五〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月一六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告キング株式会社のその余の請求を棄却する。

三  反訴被告キング株式会社及び反訴被告吉川恭男は、反訴原告キング・スイミング株式会社に対し、連帯して、金三八〇〇万円及びこれに対する平成四年九月一二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  反訴原告キング・スイミング株式会社のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、次のとおりの負担とする。

1  本訴原告・反訴被告キング株式会社に生じた費用の三分の一と本訴被告株式会社コマスポーツに生じた費用は、右株式会社コマスポーツの負担。

2  右キング株式会社に生じた費用の三分の一と本訴被告・反訴原告キング・スイミング株式会社に生じた費用の一〇分の一は、右キング・スイミング株式会社の負担。

3  右キング株式会社に生じたその余の費用と右キング・スイミング株式会社に生じた費用の一〇分の四は、右キング株式会社の負担。

4  右キング・スイミング株式会社に生じたその余の費用と反訴被告吉川恭男に生じた費用は、右吉川恭男の負担。

六  この判決の第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

理由

(略称)以下においては、本訴原告・反訴被告キング株式会社を「原告キング」、反訴被告吉川恭男を「反訴被告吉川」、本訴被告株式会社コマスポーツを「被告コマ」、本訴被告・反訴原告キング・スイミング株式会社を「被告スイミング」と略称する。

第一  請求

(本訴)

被告コマ及び同スイミングは、原告に対し、各自次の各金員を支払え。

(1) 昭和六三年一二月から平成二年一〇月まで各月金三八〇万円ずつ及びこれに対する各月の一日から完済に至るまで年六分の割合による金員

(2) 平成二年一一月から平成三年九月まで各月金三八〇万円ずつ及びこれに対する各翌月の一日から完済に至るまで年六分の割合による金員

(3) 金一九〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一六日から完済に至るまで年六分の割合による金員 (元金合計 一億三一一〇万円)

(反訴)

原告キング及び反訴被告吉川は、被告スイミングに対し、連帯して金四〇〇〇万円及びこれに対する平成四年九月一二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事実関係(証拠を掲げた部分のほかは争いがない)

1  原告キングは、広島市西区高須一丁目五二五番一所在の鉄骨造亜鉛板葺二階建て建物(以下「本件建物」という)を、訴外有限会社田中一商事から賃借し(賃料は昭和六一年七月からは月額八〇万円)、被告スイミングに転貸していたものである。転貸にあたり、原告キングは、本件建物をスイミング施設(以下「本件施設」という)に改装したうえ(甲一によれば、本件建物はもとスーパーマーケット用店舗として賃貸されていたものを、原告キングが相当大幅に手を加えてスイミングスクールの水泳場用に変えたものである。)、昭和五七年八月二五日被告スイミングとの間で業務委託請負契約を結び(昭和六二年五月二五日契約更新)、被告スイミングは右施設においてスイミングスクールを経営していた。

2  被告スイミングは、右業務委託請負契約において、原告キングに対し、月額三八〇万円の施設使用料を前月末日までに支払うことを約定し、また、保証金として四〇〇〇万円を、契約終了時債務精算後に五%を控除して返還する約束のもとに支払つた。

反訴被告吉川は、昭和五七年八月二〇日被告スイミングに対し、右保証金返還債務につき、連帯保証した。

3  被告コマは、当初被告スイミングからさらに業務委託を受けてスイミングスクールを経営していたが、昭和六三年六月以降、被告スイミングの株式を全部譲り受け、両社の本店の所在地を同一とし、役員構成も殆ど同一となつて、原告キングの承認のもとに、本件施設を使用してスイミングスクールを経営してきた(甲一によれば、被告コマは、被告スイミングとともに本件建物の占有を継続していた)。

4  原告キングは、昭和六一年五月一日以降の賃料を田中一商事に対して支払わなかつたため、同商事は昭和六二年一月三一日本件建物の賃貸借契約を解除した。そして、同商事は、同年二月二五日原告キング、被告スイミング及び被告コマの三者に対し、本件建物の明渡及び賃料相当損害金等の支払を求める訴訟を提起し、原告キングらは「賃料不払いは同商事が修繕業務を履行しないためで正当な理由がある」などとして争つたが、平成三年六月一二日同商事の請求を賃料相当損害金の一部を除いて認容する第一審判決が言い渡された。

5  被告スイミング及び被告コマ(両者を合わせて「被告スイミングら」という)については第一審判決が確定し、平成三年一〇月一五日右判決に基づく強制執行として本件建物の明渡が行われたほか、被告コマは、同月二一日から一一月三〇日までの間に、田中一商事に対し、同判決で認容された賃料相当損害金額を交渉により減額した四〇三三万七五〇〇円を支払つた。

6  原告キングは、控訴したが、平成四年六月二五日、田中一商事との間で次の内容の訴訟上の和解が成立した。

(1) 原告キングは、本件建物を田中一商事に明渡済みで、本件建物につき占有権限がないことを確認する。

(2) 原告キングは田中一商事に対し、本件建物の明渡等に関し一七〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを敷金から充当する。

(3) 田中一商事は原告キングに対し、敷金の残額三〇〇万円を返還する。

(4) 原告キングと田中一商事は、本件について本和解条項に定めるほか、何らの債権債務のないことを確認する。

7  被告スイミングらは、昭和六三年一一月分まで施設使用料を支払つていたが、同年一二月分以降これを支払わなかつたので、原告キングは、支払を催告したうえ、平成二年一〇月三〇日、本件業務委託請負契約を解除した。

しかし、被告スイミングらは、その後も前記強制執行による明渡までの間、引き続き本件施設を使用してスイミングスクールを経営していた。

二  請求等の要約

以上の事実関係に基づいて、原告キングは、被告スイミングらに対し、解除までは施設使用料として、解除以降本件施設を明け渡すまでは使用料相当損害金として(解除が無効の場合は、全て施設使用料として)、一か月あたり三八〇万円の割合による金員及びこれに対する商事法定利率による遅延損害金(施設使用料については、前払いの約定のため各月の一日から)を求め、予備的な請求原因として不当利得返還請求権を主張している。

これに対し、被告スイミングらは、施設使用料支払義務、不当利得返還義務いずれをも争い(仮に右義務があるとした場合でも、被告コマが田中一商事に支払つた前記の四〇三三万七五〇〇円を控除した限度で右業務が発生するにすぎないとする。)、かつ田中一商事が原告キングとの賃貸借契約を解除した昭和六二年二月一日から原告キングと被告スイミングとの間の契約は履行不能になつたとして右契約を解除したうえ(解除の意思表示は平成四年一二月一四日の本件口頭弁論)、その後昭和六三年一一月分まで原告キングに施設使用料として支払つた合計八三六〇万円は不当利得であるとし、また、田中一商事に支払つた前記の四〇三三万七五〇〇円は、原告の賃貸義務についての債務不履行による損害であるとして、予備的にこれらを自働債権とする相殺を主張している。

さらに、被告スイミングは、反訴として、原告キング及び反訴被告吉川に対し、四〇〇〇万円の保証金の返還を求めている。

三  争点

1  田中一商事が原告キングとの賃貸借契約を解除した後も、被告スイミングらは、本件施設を明け渡すまでは、原告キングに対し、施設使用料ないし同相当損害金を支払う義務があるか。

2  施設使用料支払義務はないとしても、被告スイミングらに施設使用料相当額の不当利得支払義務があるか。

3  被告スイミングらの相殺の抗弁の成否(自働債権の成否)

第三  争点に対する判断

一  施設使用料支払義務の有無について

1  施設使用料の請求に対し、被告スイミングらは、次のように主張する。すなわち、田中一商事が原告キングとの賃貸借契約を解除した後は、本件建物に関する原告キングの占有は不法占有となつたから、被告スイミングが施設使用料の支払を拒絶したのは正当であり、また、被告スイミングらが確定判決に基づく強制執行を受けて本件建物を明け渡したことにより、右不法占有の事実及び原告キングが被告スイミングに対し本件施設を利用させる債務が履行不能であつた事実も確定し、施設使用料支払義務は遡つて消滅したと。

2  しかし、賃貸人が目的物を賃貸する権限を有しない場合でも、賃貸借契約そのものは有効に成立し得るのであり、賃借人は現実に使用収益をした以上、賃料支払義務を免れることはできないと解される(なお、本件業務委託請負契約は、本件施設の利用関係に関する限り、実質的に賃貸借契約の性質を有するといつてよい)。

したがつて本件においても、田中一商事の解除の効力如何、以後原告キングの占有が不法占有になつたか否かにかかわりなく、原告キングは、現実に本件施設を占有使用していた被告スイミングらに対し、前記契約に基づく施設使用料の支払を求めることができるというべきである(被告コマは、前記のように被告スイミングと実質的に一体化し、原告キングの承認を得て本件施設を使用しスイミングスクールを経営することにより、原告キングに対し、被告スイミングとともに共同受託者の立場に立つたものと解することができるから、施設使用料の支払義務を負う)。

3  確かに、被告スイミングらの引用する最高裁昭和五〇年四月二五日判決・民集二九巻四号五五六頁は、土地又は建物の賃借人は、賃借物に対する権利に基づき自己に対して明渡を請求することができる第三者からその明渡を求められた場合には、それ以後、賃料の支払を拒絶することができるとしており、本件においても、右法理により、被告スイミングらが田中一商事から本件建物の明渡請求を受けたとき(遅くとも、前記訴訟の訴状送達を受けたとき)から、施設使用料の支払拒絶が正当化されることになつたというべきである。

しかし、右法理により被告スイミングらに与えられるのは、さしあたり支払拒絶権のみであり(少なくとも履行遅滞にはならないという効果がある。)、例えば、第三者の明渡請求が理由のないものであることが確定するなど賃借人が第三者から損害賠償等の請求を受けるおそれがなくなつたときは、賃料債務の履行義務が生じることはいうまでもないところであつて、要するに賃料の最終的な支払義務は別問題である。

4  ところで、前記訴訟の第一審判決により、田中一商事と被告スイミングらとの間では、被告スイミングらの明渡義務及び損害金支払義務が確定しているが、このことにより被告スイミングらと原告キングとの間においても、原告キングの占有権限の有無が確定されることになるものでないことは、民事訴訟法の原則からして当然であるばかりでなく、前述のように、原告キングが田中一商事との関係で占有権限を有するか否かは、被告スイミングらの原告キングに対する施設使用料支払義務に影響しない(したがつて、原告キングが田中一商事との間の前記訴訟上の和解の内容がどのようなものであつたかは、右施設使用料支払義務の有無に影響がない)。

被告スイミングらは、その占有権限が田中一商事に対しては存在せず、原告キングに対しては存在するのは背理であると主張するようであるが、債権的な占有権限の有無が相手毎に相対的であるのは、むしろ当然というべきであろう。

また、被告スイミングらが、田中一商事に対して負担するのは、所有権侵害に基づく損害賠償義務としての使用料相当損害金の支払義務であり、原告キングに対して負担するのは、債権契約に基づく施設使用料ないし賃借物返還義務の遅滞による使用料相当損害金の支払義務なのであるから、被告スイミングらが主張するように二重の「使用料」支払義務が発生するわけではない。もつとも、被告スイミングらが現実に両者の支払義務を履行した場合は、実質的な二重払いの関係を生じるから、それを避けるために前掲最高裁判例が支払拒絶権を認めるのであり、後述のように、田中一商事へ支払つた損害金等については、原告キングに対する損害賠償請求が可能であり、これと施設使用料債権とを相殺すれば、実質的な損害は生じないことになるのである。

原告キングが無権限の場合でも、被告スイミングらに対し施設使用料を請求し得るとすると、原告キングが不当に利得するのではないかとの疑問も被告スイミングらから提起されているが、被告スイミングらから受領した施設使用料が不当利得となるかどうかは、あくまでも原告キングと田中一商事との関係における問題であり、原告キングの被告スイミングらに対する本件施設を使用させる債務は現実に履行されているのであるから、被告スイミングらとの関係では、対価の受領が不当利得となるものではないのである(転貸賃料と元賃貸借の賃料との間に差がなければ、最終的に無権限の転貸者に利得が残ることはない。本件の場合、原告キングが本件建物に相当大幅に手を加えてスイミングスクールの水泳場用に改装して被告スイミングらに転貸したものであるため、被告スイミングらが支払つていた本件施設使用料と原告キングが田中一商事に支払つていた賃料との間に大きな差があり、原告キングに多額の利得が残ることになるが、原告キングがそれだけ賃貸物件の価値を高めたのであるから、実質的にも不当な利得とは言えまい。)。

5  そして、被告スイミングらが前記判決に基づく強制執行により本件建物を明け渡したからといつて、原告キングが被告スイミングに対し本件施設を利用させる債務が、田中一商事による解除のときから履行不能であつた事実について、被告スイミングらと原告キングとの間において確定されることになる理由もない(前記債務が履行不能となつたのは、強制執行による明渡のときと解すべきである)。

むしろ、被告スイミングらとしては、右判決の確定及び強制執行により、占有権限を争う第三者からの損害賠償等の範囲が確定し、二重払いを避け得る条件が整つたのであるから、施設使用料債務の履行を拒む事情はなくなつたものというべきである。したがつて、施設使用料債務は、右時点で初めて遅滞に陥るから、原告キングの平成二年一〇月三〇日の解除は無効である。

6  以上のとおりであるから、被告スイミングらは原告キングに対し、未払施設使用料一億三一一〇万円を支払う義務があり、右債務は本件施設の明渡時である平成三年一〇月一六日から遅滞に陥つたものというべきである(予備的請求たる不当利得請求によつても、その時期以前の遅延損害金請求権が発生しないことはいうまでもない)。

二  相殺の抗弁について

1  被告スイミングらは、昭和六二年二月一日から昭和六三年一一月分までの施設使用料として原告キングに支払つた八三六〇万円は不当利得であるとして右債権による相殺を主張しているが、右主張は本件業務委託請負契約が昭和六二年二月一日から履行不能となつたことを前提とするものであるところ、前述のように、右前提は採り得ないものであるから、右相殺の主張は理由がない。

2  しかしながら、被告コマが確定判決に基づいて田中一商事へ支払つた賃料相当損害金四〇三三万七五〇〇円については、原告キングは被告コマに対し、損害賠償義務を負うものと認められる。

すなわち、原告キングとしては、本件建物を田中一商事から借り受け被告スイミングらに転貸している以上、本件業務委託請負契約上、被告スイミングらに対し、田中一商事との関係における本件施設の占有・利用権限に関し担保責任を負つているから、被告スイミングらが田中一商事から右権限の喪失を理由として損害賠償請求を受け、損害金を支払つた場合は、占有・利用自体は行い得たとしても、一種の不完全履行を構成し、その支払つた損害金について、原告キングに対し損害賠償を求めることができると解すべきである。

相殺の意思表示がなされたことは当裁判所に顕著な事実であるから、原告キングの施設使用料債権は四〇三三万七五〇〇円の限度で消滅したものである(残額九〇七六万二五〇〇円)。

三  保証金返還請求について

本件業務委託契約は既に終了しており、精算すべき債務についても以上に述べたものの他は主張がないので、原告キング及びその連帯保証人である反訴被告吉川は、保証金四〇〇〇万円から五%を控除した三八〇〇万円を、被告スイミングに対して支払う義務がある。

四  結論

よつて、原告キングの本訴請求は、九〇七六万二五〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月一六日から商事法定利率年六分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容して、その余は理由がないからこれを棄却し、被告スイミングの反訴請求は、三八〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成四年九月一二日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容して、その余を棄却することとする。

(裁判官 金築誠志)

《当事者》

本訴原告・反訴被告 キング株式会社

右代表者代表取締役 吉川恭男

反訴被告 吉川恭男

右両名訴訟代理人弁護士 森田太三

本訴被告 株式会社 コマスポーツ

右代表者代表取締役 新井喜源

本訴被告・反訴原告 キング・スイミング株式会社

右代表者代表取締役 河合輝昭

右両名訴訟代理人弁護士 関根 稔

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